序文:シグナル単体がダメなら、AIで選別すればいいのでは?
このシリーズでは、当ラボが実際に検証して**ボツにした「投資の常識」**を、検証条件と数値ごと公開している。前回(ボツ検証 #1)では、ゴールデンクロスで買いデッドクロスで売るという定番ルールが「買って持ち続ける」に勝てないことを確認した。
そこで当然、次の疑問が浮かぶ。「シグナル単体では弱くても、AIで良い場面だけを選別すれば勝てるのではないか?」
実はこの発想には名前がついている。メタラベリング——ルールが売買の「候補」を出し、機械学習モデルがその候補に「乗るか・見送るか」のラベルを付ける2段構えの枠組みで、ヘッジファンドの世界でも使われる王道の手法だ。今回はこれを約21年分のデータで本気で検証した結果を公開する。
先に結論を言うと、**AIの改善効果そのものは米国株で「統計的に本物」と判定された。それでもボツになった。**その理由にこそ、この検証の一番の学びがある。
⚠️ 先にお断り:本記事は特定の売買を推奨するものではなく、当ラボの検証環境における過去データの分析結果です。将来の成果を保証するものではありません。
📖 まず用語の説明(この記事を読むのに必要な知識はこれだけ)
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| バックテスト | 「もし過去にこのルールで売買していたら儲かったか」を過去の株価データで再現する検証のこと |
| 移動平均線 | 直近◯日間の終値の平均をつないだ線。株価のトレンドをなめらかにして見るための道具 |
| ゴールデンクロス | 短い期間の移動平均線が、長い期間の移動平均線を下から上に追い抜くこと。買いシグナルの定番 |
| 市場平均 | 検証対象の全銘柄(日本株なら約500銘柄)を均等に買った場合の平均リターン。「その戦略に銘柄を選ぶ力があるか」を測るものさし |
| 勝率 | 検証期間を区切ったとき、市場平均に勝てた回数の割合 |
| p値 | 「その結果が、実力ではなく偶然でも起こる確率」。小さいほど本物らしい。当ラボでは p値が0.05(5%)未満 でなければ採用しない |
| 機械学習 | 過去データからパターンを自動で学習する計算手法。この検証では株価の特徴(値動き・ばらつき等)から「勝てそうな候補」を判別させた |
| メタラベリング | ルールが売買候補を出し、機械学習が候補ごとに「乗る/見送る」を判定する2段構えの手法 |
| ウォークフォワード検証 | 「その時点までに手に入るデータだけ」で学習させ、その先の未来を予測させる方式。未来のデータを使ってしまうズル(カンニング)を防ぐ |
🧪 検証の仕組み:ルールが候補を出し、AIが選別する
仕組みは2段階になっている。
- ステップ1: 定番の買いシグナル4種が「候補」を出す
- 3連騰——3日連続で株価が上昇した
- 押し目——直近25日の平均価格より5%以上安くなった(下がったところを拾う)
- ゴールデンクロス——直近10営業日以内に発生した
- モメンタム上位——直近1ヶ月の上昇率が全銘柄の上位20%に入った(勢いに乗る)
- ステップ2: AI(過去データで学習した機械学習モデル)が候補を1件ずつ見て「買う/見送る」を判定する
検証の条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 日本株492銘柄(東証の主要銘柄)+ 米国株500銘柄(S&P500採用銘柄) |
| 期間 | 2006年〜2026年7月の約21年。毎月1回判定し、日米あわせて510回 |
| 判定方法 | 候補銘柄を買って1ヶ月後、市場平均より上がったかで採点 |
| AIの学習 | ウォークフォワード検証(2000年からのデータを使い、その時点までの情報だけで学習・未来は見ない) |
| 売買コスト | 売買あたり0.2%を差し引き |
比べたのは次の2通りだ。
- ルール通り全部買う——シグナルが点灯した候補を無条件で全部買う
- AIが選んで買う——AIが「勝てそう」と判定した候補だけ買う(採用率は日米とも約半分)
なお、検証対象は「現在の主要銘柄」を過去にさかのぼる方式のため、途中で上場廃止になった銘柄は含まれない(生存者バイアス)。ただし比較相手の「市場平均」も同じ銘柄群で計算しているため、シグナルの優劣という相対比較への影響は限定的だ。
📊 結果①:21年の集計——AIで選んでも市場平均に届かない
数字は「市場平均と比べて毎月どれだけ上か下か」の中央値を年率に換算したものだ。
| 買い方 | 日本株(252回) | 米国株(258回) |
|---|---|---|
| ルール通り全部買う | 年−1.9%(勝率37%) | 年−2.2%(勝率38%) |
| AIが選んで買う | 年−1.8%(勝率44%) | 年−0.5%(勝率48%) |
まず土台の事実。定番シグナル4種が選ぶ銘柄群は、21年を通して市場平均に負けていた。「シグナルが点灯した銘柄だけを買う」という発想自体が、コスト込みの月次リターンでは市場平均を下回る。
そのうえで、今回一番おもしろい結果はこれだ。
**米国株では、AIによる改善効果(AI選別と全部買いの差、月あたり+0.14%)が、21年・258回の検証で「偶然の範囲」を明確に超えた(p値=0.011)。**AIは傷んだ候補群の中から、比較的マシなものを選ぶ仕事を確かにしていた。
**それでもボツである。**理由は2つ。
- 改善してもなお市場平均に届かない(年−0.5%)。傷んだ食材の中から比較的マシなものを選んでも、良い料理にはならない
- 日本株では同じ改善効果が偶然の範囲を出なかった(p値=0.244)。市場をまたいで再現しない効果は、当ラボの基準では採用できない
📊 結果②:年別の推移(21年分・全公開)
集計値だけでは実態が見えないので、年ごとの成績推移を全部見せる。数字は「その年の各月に、市場平均と比べてどれだけ上か下か」の中央値だ。
日本株(492銘柄)
| 年 | ルール通り全部買う | AIが選んで買う | AI選別の勝率 |
|---|---|---|---|
| 2006年 | −0.348% | −0.130% | 31% |
| 2007年 | −0.036% | −0.057% | 46% |
| 2008年 | −0.179% | +0.021% | 50% |
| 2009年 | +0.043% | +0.549% | 58% |
| 2010年 | −0.239% | +0.289% | 58% |
| 2011年 | −0.279% | −0.320% | 46% |
| 2012年 | +0.460% | +0.058% | 67% |
| 2013年 | −0.171% | −0.064% | 50% |
| 2014年 | −0.155% | −0.072% | 33% |
| 2015年 | −0.482% | −0.788% | 38% |
| 2016年 | −0.017% | +0.323% | 67% |
| 2017年 | −0.423% | −0.249% | 42% |
| 2018年 | −0.315% | −0.458% | 43% |
| 2019年 | −0.267% | −0.287% | 42% |
| 2020年 | +0.306% | −0.171% | 42% |
| 2021年 | −0.507% | −0.249% | 25% |
| 2022年 | −0.184% | +0.282% | 50% |
| 2023年 | −0.246% | −0.309% | 33% |
| 2024年 | −0.390% | −0.597% | 38% |
| 2025年 | +0.092% | −0.611% | 25% |
| 2026年(7月まで) | +0.894% | −0.726% | 40% |
米国株(500銘柄)
| 年 | ルール通り全部買う | AIが選んで買う | AI選別の勝率 |
|---|---|---|---|
| 2006年 | −0.194% | −0.003% | 46% |
| 2007年 | −0.122% | +0.080% | 54% |
| 2008年 | −0.332% | −0.238% | 50% |
| 2009年 | +0.001% | +0.048% | 54% |
| 2010年 | −0.167% | +0.104% | 58% |
| 2011年 | −0.278% | −0.461% | 38% |
| 2012年 | −0.324% | −0.477% | 38% |
| 2013年 | +0.010% | +0.288% | 50% |
| 2014年 | −0.306% | −0.296% | 46% |
| 2015年 | −0.631% | −0.301% | 42% |
| 2016年 | +0.176% | +0.371% | 54% |
| 2017年 | +0.036% | +0.226% | 67% |
| 2018年 | +0.059% | +0.158% | 54% |
| 2019年 | −0.436% | −0.640% | 31% |
| 2020年 | −0.353% | −0.430% | 42% |
| 2021年 | −0.216% | −0.198% | 31% |
| 2022年 | −0.229% | −0.761% | 33% |
| 2023年 | −0.113% | +0.026% | 54% |
| 2024年 | −0.042% | −0.584% | 31% |
| 2025年 | +0.367% | +1.106% | 67% |
| 2026年(7月まで) | +0.558% | +1.054% | 83% |
「ルール通り全部買う」が中央値プラスだった年は、日本株で21年中5回、米国株で7回程度。大半の年で、シグナル点灯銘柄は市場平均に負けている。
🔍 「効いた年」に法則はあるのか?——調べてみた
年別の表を眺めると、AIの選別がはっきり効いた年がある。ここに法則が隠れていないか——同じ疑問を持った読者のために、当ラボが調べた結果をそのまま書く。
日米そろってAIの選別が効いた年は、2009年・2010年・2016年。それぞれリーマンショック後・欧州危機後・チャイナショック後の**「暴落のあとの回復局面」**という共通点がある。暴落で株価がばらばらに売られた後は、良い銘柄と悪い銘柄の区別がつきやすくなり、選別が機能しやすい——という説明は筋が通る。
だが、この「法則候補」は採用まで届かなかった。理由は3つ。
- 反例がある:2022年(世界的な金利ショックの年)は、日本ではAI選別が効いた(+0.282%)のに、米国では大きく逆効果だった(−0.761%)。市場をまたいで一貫しない。
- 回数が少なすぎる:「暴落後の回復年」は21年間に3〜4回しかない。この回数では、本物の法則なのか偶然なのかを統計的に区別できない。
- 後出しの区間選びは危険:21年を年単位で切れば、偶然だけでも「効いて見える区間」は必ず見つかる。効いた区間を後から選んで「ここでは有効」と言うのは、検証ではなく結果論だ。
もうひとつ、日本株で興味深い副作用が見つかった。2000年代のデータまでさかのぼって学習させると、直近の2025〜2026年の成績がかえって悪化した(学習期間が2014年以降だけの予備検証ではプラスだった年が、マイナスに転じた)。古い時代の値動きパターンは、現代の市場ではもう通用しない——過去データが多ければ多いほど良いとは限らないことを示す実例だ。
🤖 おまけ:AIは「押し目」を好み、「勢いへの飛び乗り」を嫌った
AIがどのシグナルの候補を採用したかの内訳。この傾向は21年を通して一貫していた。
| シグナル | AIの採用率(日本株) | AIの採用率(米国株) |
|---|---|---|
| 押し目(下がったところ) | 80% | 75% |
| ゴールデンクロス直近 | 45% | 51% |
| 3連騰 | 33% | 38% |
| モメンタム上位(勢いに乗る) | 26% | 32% |
過去データで学習したAIは、**「下がったところを拾う」候補を最も信用し、「直近の急騰に飛び乗る」候補を最も信用しなかった。**ただし繰り返すが、その押し目でさえ全体としては市場平均に勝てていない。
✅ では何が検証を通ったのか
同じ検証環境・同じ採用基準で、逆に生き残ったものがある。
| 生き残った手法 | 内容 | 検証結果 |
|---|---|---|
| 買って持ち続ける | タイミング売買をしない | 検証したタイミング売買ルールのすべてが「持ちっぱなし」に負けた |
| 月次の相対力ランキング | 「どの銘柄が今月相対的に強いか」を全銘柄横断でAIが順位付けする | 市場平均を年+3.7%上回る(2018〜2025年・コスト差し引き後) |
興味深いのは、生き残ったランキングも今回ボツになった手法も、使っているAIの技術も株価データもほぼ同じということだ。違いは「シグナルで候補を絞ってから選ぶ」か「全銘柄をそのまま相対比較する」か、それだけ。**シグナルによる絞り込みという一手間が、むしろ成績を悪くしていた。**後者のランキングは当サイトのAI銘柄ランキングとして毎週更新している。
📌 まとめ
- 定番買いシグナル4種:21年・510回の検証で、シグナルが選ぶ候補群自体が市場平均に年1.9〜2.2%負ける(ボツ)
- AIによる選別(メタラベリング):米国では改善効果が統計的に本物(p値=0.011)だったが、それでも市場平均に届かず、日本では再現しなかった(ボツ)
- 「効いた年」の共通点(暴落後の回復年)は見つかったが、反例と回数不足で法則としては採用できなかった
- AIに良い仕事をさせたいなら、候補を絞らせず全銘柄を相対比較させる方が成績が良かった
- 前回の検証: 「ゴールデンクロスで買えば勝てる」は本当か?【ボツ検証 #1】
次回のボツ検証では、「好決算の銘柄を決算発表後に買えばまだ間に合う」という常識(決算後の株価ドリフト)を検証した結果を公開する予定だ。
⚠️ 免責:本記事は情報提供を目的としたものであり、投資助言ではありません。バックテストは過去データに基づく検証であり、将来の運用成果を示唆・保証するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。