序文:採用された手法より「ボツになった手法」の方が価値がある
Turnip Lab では、サイトに載せる指標や運用ルールを採用する前に、必ず過去データを使った検証(バックテスト)を行っている。そして実際に検証してみると、採用に至る手法より、ボツになる手法の方が圧倒的に多い。
投資の世界で出回る情報には強い偏りがある。「うまくいった話」は本になりSNSで拡散されるが、「検証したら効かなかった話」は誰も発信しない。だが投資で損を減らすうえで本当に役立つのは、後者だ。
このシリーズでは、当ラボが実際に検証して**ボツにした「投資の常識」**を、検証条件と数値ごと公開していく。第1弾は、投資の入門書に必ず出てくる定番中の定番——ゴールデンクロスだ。
⚠️ 先にお断り:本記事は特定の売買を推奨するものではなく、当ラボの検証環境における過去データの分析結果です。将来の成果を保証するものではありません。
📖 まず用語の説明(この記事を読むのに必要な知識はこれだけ)
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| バックテスト | 「もし過去にこのルールで売買していたら儲かったか」を過去の株価データで再現する検証のこと |
| 移動平均線 | 直近◯日間の終値の平均をつないだ線。例えば「50日移動平均線」は直近50日の平均価格。株価のトレンドをなめらかにして見るための道具 |
| ゴールデンクロス | 短い期間の移動平均線が、長い期間の移動平均線を下から上に追い抜くこと。「上昇トレンド入りのサイン」とされ、買いシグナルの定番 |
| デッドクロス | その逆。短い線が長い線を上から下に割り込むこと。「下落トレンド入りのサイン」とされる |
| 買って持ち続ける戦略 | 一度買ったら売買を繰り返さず、ずっと保有し続けるやり方。英語ではバイ・アンド・ホールドと呼ばれる。タイミング売買の成績を測る「ものさし」として使う |
| 検証窓 | 検証期間の区切り。この検証では「約2年間」をひとつの窓とし、開始時期を半年ずつずらしながら何百回も繰り返す。特定の時期だけのまぐれ・不運を除くための方法 |
| 勝率(勝ち窓) | 全検証窓のうち、クロス売買が「買って持ち続ける」に勝てた窓の割合 |
| p値 | 「その結果が、実力ではなく偶然でも起こる確率」。小さいほど本物らしい。当ラボでは p値が0.05(5%)未満 でなければ採用しない |
🧪 検証:ゴールデンクロスで買い、デッドクロスで売る
「ゴールデンクロスが出たら買い、デッドクロスが出たら売る」——このルールを、期間の異なる3通りの移動平均線の組み合わせで検証した。
検証の条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ルール | ゴールデンクロスで全額買い・デッドクロスで全額売って現金にする |
| 移動平均線の組み合わせ | 20日と50日・25日と75日・50日と200日 の3パターン |
| 対象 | 米国の成長株・配当株と日本株の代表8銘柄(アップル・マイクロソフト・コカコーラ・トヨタ自動車など) |
| 期間 | 各銘柄の上場から最大64年分。約2年の検証窓を半年ずつずらしながら合計680窓 |
| 売買コスト | 売買のたびに0.10%を差し引き(実際の手数料や価格のズレを想定) |
| 比較相手 | 同じ銘柄・同じ期間を「買って持ち続けた」場合の成績 |
つまり「同じ銘柄・同じ2年間で、クロス売買と持ちっぱなしのどちらが儲かったか」を680回比べた。
結果①:全体集計——3パターンすべてで大差の敗北
数字は「買って持ち続けた場合と比べて、2年間でどれだけ上か下か」の中央値だ。
| 移動平均線の組み合わせ | 持ちっぱなしとの差(中央値/窓) | 勝ち窓の割合 | 2年間の平均売買回数 | 統計判定 |
|---|---|---|---|---|
| 20日と50日 | −19.0% | 約2割 | 11.0回 | 劣後が確定(p値=1.000) |
| 25日と75日 | −17.0% | 約2割 | 7.3回 | 同上 |
| 50日と200日 | −13.7% | 約2割 | 2.7回 | 同上 |
680窓を通して、クロス売買が「買って持ち続ける」に勝ったと統計的に言える組み合わせはひとつもなかった。むしろ2年あたり13〜19%も置いていかれる。売買回数が多い組み合わせ(短い移動平均線)ほど、コストがかさんで差が広がった。
結果②:年別の推移——直近20年間、勝てた年はほぼない
集計値だけでは実態が見えないので、検証窓を開始した年ごとの成績推移を見せる。数字は「その年に2年間の検証を始めた場合、持ちっぱなしと比べてどうだったか」の中央値だ(複数銘柄×複数窓の集計)。
| 開始年 | 20日と50日 | 勝ち窓 | 50日と200日 | 勝ち窓 |
|---|---|---|---|---|
| 2005年 | −14.8% | 12% | −22.4% | 6% |
| 2006年 | −3.5% | 44% | −0.5% | 44% |
| 2007年 | +28.4% | 75% | +12.6% | 75% |
| 2008年 | +7.7% | 56% | +1.4% | 50% |
| 2009年 | −10.4% | 19% | −18.4% | 0% |
| 2010年 | −17.2% | 25% | −13.2% | 0% |
| 2011年 | −14.5% | 31% | −11.3% | 12% |
| 2012年 | −15.9% | 19% | −11.1% | 19% |
| 2013年 | −28.5% | 6% | −7.1% | 25% |
| 2014年 | −28.0% | 7% | −3.5% | 27% |
| 2015年 | −24.4% | 19% | −8.3% | 25% |
| 2016年 | −14.7% | 12% | −13.9% | 6% |
| 2017年 | −18.2% | 19% | −10.5% | 12% |
| 2018年 | −21.5% | 25% | −13.4% | 12% |
| 2019年 | −30.7% | 6% | −15.9% | 12% |
| 2020年 | −24.0% | 12% | −4.6% | 38% |
| 2021年 | −12.7% | 0% | −12.0% | 44% |
| 2022年 | −25.8% | 12% | −16.2% | 12% |
| 2023年 | −20.3% | 19% | −27.5% | 6% |
| 2024年 | −4.4% | 25% | −25.6% | 0% |
(25日と75日の組み合わせもほぼ同じ推移のため省略)
直近20年で、クロス売買がはっきり勝てた開始年は 2007年と2008年の2回だけだ。
結果③:64年さかのぼっても、勝てたのは「大暴落の直前」だけ
データは最も長い銘柄で1962年まである。64年分の年別推移を全部確認すると、クロス売買が中央値でプラスだった開始年は、1972〜1973年・1976年・2001年・2007〜2008年など数えるほどしかない。そして、この「勝てた年」には共通点がある。
| 勝てた開始年 | その2年間に起きたこと |
|---|---|
| 1972〜1973年 | 1973〜74年の石油ショック大暴落(米国株は約半分に) |
| 2001年 | ITバブル崩壊の本格化 |
| 2007〜2008年 | リーマンショック(米国株は最大約57%下落) |
つまりクロス売買が勝つのは「歴史的な大暴落を含む2年間」だけだ。デッドクロスで売って暴落を避けられた場合に限り、「持ち続けるより良かった」となる。それ以外の約60年間——つまり大半の期間——は、遅れて買い・遅れて売り・コストを払い続けて、じわじわ負け続ける。
問題は、次の大暴落がいつ来るかは事前に分からないということだ。「数十年に数回の大暴落の年」を当てられる人は、そもそもクロス売買を必要としない。
🤔 なぜゴールデンクロスは効かないのか
3つの理由に整理できる。
- 遅れて点灯する:ゴールデンクロスは移動平均線=「過去の平均」同士の交差なので、値動きの「結果」であって「原因」ではない。点灯した時点で、取れたはずの上昇の多くはすでに終わっている。デッドクロスも同様で、売れた時にはすでに大きく下げた後だ。
- 織り込み:クロスは市場参加者全員がリアルタイムで見えている。誰でも見える情報に、他人より先んじる余地はほとんど残っていない。
- コスト:2年間で平均3〜11回の売買が発生する。1回0.10%のコストでも、積み重なれば確実に成績を削る。
✅ では何が検証を通ったのか
同じ検証環境・同じ採用基準(p値0.05未満、かつ何度やり直しても結果がプラス側に収まること)で、逆に生き残ったものがある。
| 生き残った手法 | 内容 | 検証結果 |
|---|---|---|
| 買って持ち続ける | タイミング売買をしない | 検証したタイミング売買ルールのすべてが「持ちっぱなし」に負けた |
| 月次の相対力ランキング | 「どの銘柄が今月相対的に強いか」を全銘柄横断でAIが順位付けする | 市場平均を年+3.7%上回る(2018〜2025年・コスト差し引き後) |
つまり当ラボの検証が繰り返し示すのは、「いつ買うか」の情報価値は薄く、「(買うなら)どれを買うか・そして売らずに持ち続けられるか」に価値が集中しているということだ。後者のランキングは当サイトのAI銘柄ランキングとして毎週更新している。
📌 まとめ
- ゴールデンクロス売買:3種の移動平均線の組み合わせ×最大64年×680窓すべての集計で「買って持ち続ける」に敗北。2年あたり13〜19%の劣後(ボツ)
- 年別推移で見ると、勝てた開始年は歴史的大暴落を含む2年間だけ(1972〜73年・2001年・2007〜08年など)。それがいつかは事前に分からない
- 売買回数が多い組み合わせほどコストで差が拡大
- 生き残ったのは「持ち続けること」と「相対力ランキング」だけ
続編:「シグナル単体では弱くても、AIで良い場面だけ選別すれば勝てるのでは?」——その検証結果は 買いシグナルをAIで選別すれば勝てるか?【ボツ検証 #2】 で公開している。
⚠️ 免責:本記事は情報提供を目的としたものであり、投資助言ではありません。バックテストは過去データに基づく検証であり、将来の運用成果を示唆・保証するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。